2015年3月4日水曜日

「ポータブルポップミュージック」とは何だったのか。

さて、歯の治療もいよいよ長期戦にもつれ込み、日々重重しい気持ちと戦いながら過ごす2015年の冬の終わり、ふともう8年の前のことを思ったりしました。

2007年の春、3月7日に『ポータブルポップミュージック』というミニアルバムでメジャーデビューしたわけですが、その表題曲のMVのことを思い出したのですね。
これです。




このMV、ヤクザの前で踊る、という奇抜なアイディアはMVの監督をして頂いた竹内鉄郎さんのものだったと記憶しています。
当時、東京へ来て1年、歳は24になる頃、実年齢よりもずっと幼稚でひ弱だった自分は、東京、そしてメジャーレコード会社という社会に馴染めずに日々ただただ翻弄されていたように思いますが、そんな中にあのPVのアイディアを頂き、面白いのでなんとかやってみよう、とりあえずなんとか頑張ってみよう、そういった思いだったと思います。
MVの撮影自体は何度か経験していたものの、一流のスタッフさんと共に撮影、しかも踊る、しかもカット割りなし、1カット、というのはとてもハードルの高いものでした。

で、思ったことというのはその大変だった、ということではなく、あのMVのアイディアが実に当時の自分の音楽をよく表していたんだなぁ、ということです。

当時、ポップミュージック(含めあらゆる音楽)の作り手としても何もわかっていない自分の、がむしゃらな音楽、姿がありのままに納められているわけです。経験値も、計算も、何もそこにはなかったんですね。その無骨な音楽を、無骨なまま踊る僕の姿によって映像化している。第一踊った事なんてなかったんですから。踊れるわけがないんですよね。

端的に言うと、バカだったんですね。卑下でなく。本当に。何にも知らなかった。

なのに、それから随分と考えて考えて生きて来て、なんとか賢くやって行かなければ、と思ってやってきたのに、今、歯が痛い、困った、音楽も困った、となっているわけです。
バカでいること、というのは本当に素晴らしいと思います。ちょっと言葉が違う気がしますけどね。


その当時の自分のよかったところっていうのは、おそらくその無知の、未完成な、滑稽さ、上滑り感、みたいなもの、なんじゃないかな、と今になって思うわけです。そして、それが本当にこのMVでよく表されていると思うわけです。

完成された素晴らしさが世の中にはいっぱいあるけれど、完成されていない、なんだか滑稽だな、という面白さもあるんだな、ということにやっと気付いたわけです。32歳間近に。もっとバカバカしく、滑稽にやればよかったな、損しちゃったな、ってちょっと思う。随分気付くのに遅かった。

もちろん、バカだけでは生きて行けないし、結果も出ないのだけど。
あの曲だって全然売れなかったですしね。
でも賢いばかりが世界じゃあないですね。

これからはもうちょっと楽しく、滑稽に生きてもいいかな、と思った、31歳の終わりでした。